静かなリビングに、雨音だけが静かに響く。

いつもよりほんの少し早い梅雨の始まりに、
すっきりとしない何か憂鬱のようなものを覚えながら、
何の予定も入っていない休日が半分過ぎようとしていた。

テーブルに両肘をついて、3分の2読み終えた
小説にしおりをはさんで閉じる。
なんてことはない、面白みのあまり感じられない
ありふれた恋愛小説。
ラストまで読まなくたって、先は見えている。

こんなじめじめした日に読んだって
面白くもなんとも無い。

テーブルに置いたアイスティーはいつの間にか
たくさん汗をかいて、コップの周りに小さな水溜りができていた。
入れたはずの氷も溶けてしまっていて、今更飲める代物ではないな、と
思いながら目線を窓の方へと移す。

降り止む気配も感じさせない、いくつもの雫が線を描いて灰色の空から
零れ落ちてくる様を、両腕を抱え込むようにテーブルに突っ伏して、眺めていた。

 


そう言えば・・・こんな日は思い出すな。

 

あれは、こんな雨の日だったよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆雨音の記憶◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教室の窓際で、名前も知らない隣のクラスの男子生徒と
口付けを交わす。
微かに目を開けてドアの方に視線をやれば、よく知った姿がそこにはあった。


当たり前だ、僕が呼んだのだから。

 

時間通り。

彼らしい。

 

僕はまるでそれを見なかったように、もう一度目を閉じ、男の首に手をまわす。
ドアの閉まる音を遠くに聞いて、それを確認すると、
目の前の男の胸を突き飛ばすように押しのけて教室を後にした。


自分が追い返した背中を追いかけて、息を切らす。

一体何がしたいのか、

そんなの僕が聞きたいよ。

 

だけど、僕にはもう

これしか確かめる術がないような気がしたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・手塚。」

後ろから自分を呼ぶその声に、
下駄箱から靴を取り出しながら手塚が振り返る。

「・・・。」

声を発することも無く靴を履いて、さっさと玄関口へ向かう手塚を
不二は自分の靴を履き替えて小走りに追いつき、

「バス停まででしょ?一緒に帰ろうよ。」

身長差のためもあるが、わざとに下から見上げるように上目遣いで言う。

手塚が目をそらそうとしているのを知りながら、
それでもあえて、その目を捉えて離そうとしない。

「あぁ。」

有無を言わさぬその瞳に諦めを覚えたように、
手塚が吐息ほどの声で、了承を伝える。
勝ち誇ったように口元だけで笑って、不二はその背中について歩く。
しかし、玄関のドアを開けたところで手塚の足が急に止まる。
その急な動きに不二は手塚の背中に鼻をぶつける寸前だった。

「どうしたの?」

「雨だ・・・。」

手塚の後ろから不二がひょっこりと顔を出すとアスファルトにたくさんの水溜りを
作って、空から大粒の雨が、地面に跳ね返るほどの勢いで降り注いでいる。

傘無しでは数秒でずぶ濡れになるのは目に見えていた。

「うわぁ〜、何これ。ついてないねぇ・・・さっきまで降ってなかったのに。」

不二が眉を下げながらため息混じりに言う。

「・・・生徒会室に置き傘がある、取ってくるからちょっと待ってろ。」

少しの間を置いて思い立ったように手塚がぼそりとつぶやいて
すぐに後ろを振り返り、歩き出す。

「じゃあ一人で待ってるのも何だし、僕も行くよ。」

そう言って、不二も校舎の中へと再び足を戻す。
もう生徒などほとんど残っていない静まり返った校内に
二人の足音だけが妙に響き渡った。
階段を二つ上がり、廊下の突き当たりにある生徒会室のドアの前までたどり着くと
手塚が鞄の中から鍵を取り出し、扉を開けた。

生徒会室の中は、棚の中から机の上まで綺麗に整頓されていて、
まるで手塚の部屋を思わせた。
几帳面な彼のことだ、きっと執行部のメンバーにも徹底させているのだろうと
手塚の背中を見つめながら不二はぼんやりと思った。

奥にある机の横にかかっていた折りたたみ式の傘を手に取ると、手塚はさっさと
入り口のドアへ向かう。
取っ手に手をかけようとした瞬間、不二がそれを阻むようにドアを閉め、
その前に立ち、表情の無い瞳で手塚に微笑みかけた。

 

「・・・なんだ?不二。」

怪訝そうな顔で、眉間に皺を寄せ、手塚が問いかける。

 

微笑ったまま、不二はほんのひと時目線を下にして、
再び手塚の眼を見て、口を開いた。

 

「・・・ねぇ、さっきの見てたんでしょ?何でなにも言わないの?」

「・・・。」

「君は、僕が他の人とああしてても、何も思わない?怒りもしないの?」

「不二・・・」

「君は僕に触りたいと思わない?」

「やめろ、帰るぞ。」

「・・・ねぇ、僕に触ってよ。手塚。」


ほんの少し潤んで艶を帯びた瞳で手塚を見上げ、
その薄紅の唇から紅い舌を覘かせて、誘うように
不二がそっと手塚の手を取って、自分の頬に当てる。
そのままその手を徐々に下へと移動させ、喉元を通って
左胸に置いた。

「ドキドキしてるの、わかる?君が触れただけで僕の心臓、こんなに
早くなるの。ねぇ、君は僕に触れて何も感じない?」

手塚は目線を伏せたまま何も言わずに黙っている。
重い沈黙が、圧し掛かるように室内を満たす。

「・・・いいよ、君が触れてくれないのなら・・・」

再び口を開いた不二は、今度は手塚の頬に右手で触れ、先ほどと同じように
指先で喉元を伝い、その胸に触れた。
シャツのボタンに手をかけ、三つめまではずすと、白い肌が覘く。

少しだけ背伸びをして、その首筋を舌先でなぞり、
そのまま軽く歯を立て、唇で挟んで薄い皮膚を吸い上げた。
唇を離せば、そこはほのかに紅く色づいている。

「・・・不二、やめろ。」

制止の言葉を投げかけられても、もはや後には退けない。
不二は手塚の前に膝立ちになって、ズボンの上からそっと
手塚の雄に口付けるように唇でその形をなぞる。
そして、ベルトに手をかけたその瞬間、

「やめろと言ってるだろう!!」

大声を張り上げて手塚が不二の体を両腕で引き離した。
息を荒げながら、手塚はドアと反対にある窓の方へと向き直り、
ダン、と大きな音を立てて机を叩き付けた。

その音に驚いて、不二の肩がびくりと上下に震える。

「・・・帰れ。」

いつもよりさらに1トーン低い声で、一言つぶやかれる、
突き放すようなその言葉。
指先から全身にかけて、一気に凍りつくような感覚が走る。
しかし、怒りを露にしているはずの手塚の
その声はかすかに震えているようにも思えて、
不二は言いようの無い不安を覚えた。

「どうして・・・?何で、君はそうやって・・・」

「聞こえなかったのか、帰れと言ってるんだ。」

かぶせるように、さらに強い語調で手塚が言い放つ。

 


頭の中は疑問で一杯だった。
不安だけが胸を締め付けて、苦しくなった。


どうして?

君は僕が他の誰かとキスしても、何も思わないの?

なんで、僕に触れようとしないの?

その度込み上げてくる僕の不安なんて、君は少しも
気付いてはくれない・・・

僕だって、今更後には引けないのに。

 


「・・・のか・・・」

「え・・・?」

「わからないのか、お前は!!」

静寂を切って吐き捨てるようにそう叫んだ手塚がその端整な顔立ちを
歪めながら不二に近づく。

肌でリアルに感じられるその怒気に、その場の空気がまるで
自分に向かって突き刺さる刃のようで、
胃なのか心臓なのかよくわからない、内蔵が一気に体の中を上昇
するような感覚を覚え、少し後ずさる。
指先は微かに震えていた。

2,3歩下がったところで机に足が当たり、
ほんの一瞬、そちらに意識を移した瞬間
手塚の指先が、不二の髪を無遠慮に鷲掴みにし、
その机目掛けて振り下ろした。

ガツン、と鈍い音が響き、不二は何が起こったのか理解する前に
ぐらぐらと世界が大きく揺れる感覚に吐き気のようなものを覚え
ながら、叩きつけられた額を掌で覆う。

遠くの方で、手塚が何かつぶやいたような気がしたが、
それは不二の耳に言葉として伝わってはいなかった。

窓に当たる雨音だけが、耳の奥で響き渡る。

手塚はそのまま不二の体を机の上に押さえつけて、その上に
覆いかぶさり、引きちぎるようにそのシャツの前を開けた。
鈍く布の裂ける音と、そしてプラスチックのボタンが床に弾け落ちる音。


「いや・・・っ、ん・・ぅ・・・っ」


乱暴に扱われて不二が抗議の声をあげようとすると、
手塚の唇が強引にそれを塞いだ。
強く唇を押し付け、顎を掴んで唇を開き、無理やりに舌をねじ込む。
自分の舌にまとわりつく感触に、不二は無意識にそれを避けようと
するが、奥まで入り込み、器用に動きまわるその感触が咥内を支配する。
互いの唾液が混ざり合い、口から溢れ出て、不二の頬を伝った。

唇が離れる頃には、不二は息を荒げてむせ返っていた。
手塚の指が不二の右胸の突起をつねるようにつまみ上げ、
左のそれを唇ではさみ、舌先で転がした。
そうしながら、左手で不二の制服のズボンのベルトに手をかけ、
器用にはずし、チャックを下ろした。
下着ごと、ズボンがあっけなく剥ぎ取られ、肌が外気に晒される。

鈍い痛みと、微かな疼き。
与えられる感覚を、快感というにはあまりにも体は未開発のままで、
ただ、手塚に触れられているという事実だけが、ほんの少し不二の
体を熱くしたが、それが恐怖心に勝ることは無かった。

荒い呼吸を吐きながら、不二は少しずつ自分の行動を後悔し始めていた。

手塚は不二の体を机に押し付けるようにしてうつ伏せにし、
半分脱げかかって、腕に絡まっていただけのシャツを剥ぎ取って
後ろ手に縛りつけた。
ちょうど手塚の股間の辺りに尻を突き出す形で固定され、
不二の頬が赤く染まる。
体中の血液が、顔に集まってくる感覚が妙にリアルだった。
羞恥心から身を捩って体制を変えようとしても、腰を押さえつけられれば
身動き一つ取れない。
手塚は、机の上に誰かの置き忘れであろう容器型のリップクリーム
を見つけると、 蓋を開けて中指と人差し指にそれをからませ、何の準備もされていない
不二の蕾に這わせた。

「・・・っ!」

一瞬、不二が体を硬直させて息を呑む。
次の瞬間には、手塚の長く節くれだった中指が、その蕾の中に
差し込まれた。
ゆっくりと、しかし着実に、奥へと進入していく。

たった指一本なのに、信じられないほどの存在感と異物感が襲う。
全神経がそこに集中したかのように、手塚の指の細かな動きが細部まで
感じられた。
そうして根元まできっちりと埋め込まれると、ゆっくりと大きくそれがかき回される。
鈍い疼きが下腹部に走った。
何度かそれを繰り返し、そうして指が増やされる。

「あっ・・・や・・だ、てづか・・・っ」

指が二本になっただけで、入り口にはピリピリとした裂けそうな痛みが走った。
圧迫する内壁を押し開き、手塚は指の動きを早めながら時折関節を曲げるように
して、奥の一点を刺激する。

「あぁ・・・っ!!あ、やだ、そこ・・・っな・・・に・・・?」

瞬間、まるで何かのスイッチでも押したかのように
不二の体がびくりと跳ね上がり、甲高い声が唇から零れた。

そして、今まで反応を見せていなかった、不二の雄が微かに
芯を持って、勃ち上がる。

それを見逃さずに、手塚は集中的にその一点を、丹念に指先で
刺激した。そのたびに不二の口からは途切れ途切れに
喘ぎが漏れ、閉じることを忘れた口元からは唾液が伝った。
どのくらいの時間が経っただろうか、いつの間にか指は3本に増やされて
いて、ひたすらにそれの抜き差しを繰り返していた。
そしてもともと収縮性のある、そこはその動きと容積に慣れ始め、
しっかりと根元までそれらを飲み込んでいた。
見計らったように、手塚は指を抜き去り自身をそこに宛がい、

「力を抜け。」

ただ一言そう言って、
ためらうことなく一気に奥まで腰を進めた。

「あぁ・・・っ!あ・・やだ・・・痛・・い・・・っ!!」

不二の口から搾り出すような悲痛な叫びが漏れる。
指とは比べ物にならない圧迫感を持って、手塚は
ひたすらに奥を目掛けて、内壁を押し開くように腰を進めた。

まるでそこがめりめりと音を立てて裂けて行くようだった。
全身をナイフで切り裂かれるような、衝撃と痛みで、
今にも気絶しそうだった。
何とか痛みを分散させようと、後ろ手に縛られた両の拳を
ギリギリと握り締めるが、爪が掌の肉に突き刺さる程度の
痛みでは到底紛らわすことはできそうもない。
歯を食いしばってみても、腹の底から込み上げる叫びを抑える
ことは不可能で、唇からは絶え間なく、悲痛な声が漏れた。

それでも手塚はかまわず、ただその内部をえぐるように、
何度も何度も、不二の体を自らの雄で突き上げた。

「ひっ・・・ッやぁ・・・あぁっ・・・!!」

「静かにしろ。」

不二が一際大きな声を出した瞬間、冷たくそう言い放って
手塚の大きな掌が、その唇を覆った。
不二は驚いて目を見開き、苦しそうにその隙間から荒い呼吸を漏らす。

しかし、どんなに押さえつけても、零れるその声に、
手塚は視界の端に見えた、ガムテープを手にして、
それを不二の口に宛がった。

「んー・・・、ん・・・っ・・・・」

苦しげな不二の瞳からは涙が零れ落ちる。
ただでさえ痛みを伴う行為に、呼吸をするのすら精一杯だったのに、
それすらも危うくなってしまい、必死で突き上げられる感覚に耐えていた。

蕾は今にも裂けてしまいそうな危うさで、
手塚の抜き差しに耐えている。
自分の中で時折響く、ピリ、という音は
恐らく、内壁が傷ついて裂ける音であろうと、
不二は霞む意識の中でそう思った。

しかし半分も受け入れられていなかったそこは、いつの間にか
根元までしっかりと手塚自身をくわえ込み、痛みにすっかり萎えきっていた雄
も内部からの刺激を受け、生理的に勃ち上がって、
腹部にくっつく勢いだった。


痛みと不確かな快楽と苦しみと・・・色んなものがごちゃ混ぜになっていた。


何故こうなってしまったんだろう・・・
ぼやける意識の中で頭の隅に、浮かんだ言葉。

そうして、すぐに気づく。


あぁ・・・、これは僕が望んだことだっけ。

手塚とこうなりたい、そう仕向けたのは僕だ。

なのに・・・どうしてこんなに苦しいんだろう。

どうして、胸が軋むような痛みを感じるのだろう。


ぼやける視界の中で、目に映るのは机のグレーだけだった。

愛しいはずのその顔も見えなければ、

優しく抱きしめる腕も無い。


あるのはただ、体が繋がっているという事実だけで。

他には何も無い。

 

 

気づいたときには全てが遅かった。

 

 

繰り返される機械的な律動に、それすらもすっかり慣れてしまった不二自身は
込み上げる疼きに先端から透明な雫を滲ませる。
触れられていないのに、そこは内側からの突き上げだけで今にも弾けてしまいそうな
程、張り詰めて震えていた。

「・・・ッ・・・。」

手塚が小さく、くぐもった息を漏らし、一際強く腰を打ちつけた
その瞬間、熱い体液が、不二の体内を満たす。
それに反応するように、不二もまた、冷たい机の上に自らの飛沫を放った。


荒い呼吸はほんの数秒室内を満たし、
そして、訪れる静寂。

 

 

 

 


全てのことを終えた後、
静まり返った四角い部屋。
その真ん中で、僕はただうずくまっていた。

動けなかった。

体中が痛い。

奥の方からじんじんとした痛みが込み上げる。


「これが、お前の望んだことか。」


手塚は一言だけつぶやいて、部屋を出て行った。
パタリとドアの閉まる音だけが虚しく室内に響く。
それを遠くに聞きながら、
僕の意識はもう、そこには無かった。

肩にかけられた自分のシャツに袖を通す。
けれどボタンは所々ちぎれてしまって止まらない。
床に落ちたズボンを拾う。
のろのろとした動作で、それを穿く。

僕は、何をしているのだろう?
そうだ、帰らなきゃ。
もう、ここにいたって仕方ない。
早く帰らなきゃ。

何も考えられなかった。
ただ、最後の手塚の言葉だけが、頭の中で何度も繰り返された。
そうして・・・

 

 

 

 

「ちがう・・・こうなりたかったわけじゃないよ・・・」

 

 

 


小さく、ぽつりとつぶやいた。
瞬間、瞳から一粒の雫が零れ落ちた。
本当に無意識に、あまりにも突然で。
自分でもそれが涙だということを認識するのに少し時間がかかった。

 

 

 

 


一度流れ出したそれは止まらない。
後から後から零れ落ちて、白い床を濡らした。

 

 

 

 

 

あんなに願っていたことなのに、何故、心がこんなにも空っぽなんだろう?

ただ、必要とされたかった。

愛されてると思いたかった。

彼にとっての特別なのだと、確かめられる何かが欲しかっただけなんだ。


・・・なのにもう、僕には何も残っていない。

 

 

 

 

 

 

 


あの日から、一度も手塚と言葉を交わすことはなかった。

霞む意識の中、雨の音だけが頭の中に響く。
それを聞くたび、僕の心は思い出す。
取り返せない、大切なものを。

雨が降るたび、きっと僕は思いだす。
何度も、何度も。

軋む胸の痛みと共に、

愚かな僕への罰のように。


無駄だと知りながら、腕に力を込めて

そっと、耳を塞ぎ

 


そして

 


瞳を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

END

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