知っていたはずのその笑顔はいつの間にか妙に大人びていて、


並んでいたはずの肩はもう背伸びしたって届かない。


タバコをくわえるその仕草はまるで知らない人のようで


あの日以来、一度も来ることの無かった


君と歩いたこの道に


流れた時の、重さを感じた。

 

 

 

 


Flavor

 

 

 

 


「今、何やってんの?」

吐く息が白く、冷たい風が肌を刺す様な夜。
妙に青白くくっきりとした月が真っ黒な夜空にぽつんと浮かんでいる。
住宅街のすぐ傍にある川沿いの細い小道を歩きながら胸ポケットからタバコの箱を取り出し
一本くわえて英二が聞いた。

「うん、大学行ってる。もう4年なんだけど試験通ったからね、
春から大学院に行くことになったんだ。」

「そっか、相変わらず頭良さそうだなー。俺には考えらんないよ、
勉強なんて高校まででうんざりだったかんなぁ。」

カチ、と音を立てて勢い良く燃え上がった炎が風に煽られないように
手で囲いながらタバコに火をつけて、英二がおどけたように笑う。

変わらないその笑顔に、周助は懐かしさを覚えた。

「ねぇ、英二は?今何してるの?」

「俺?高校卒業してすぐに知り合いのバーで雇ってもらってさ、
それからずっとそこでバーテン兼コックみたいな。」

「へぇ、ちょっと意外。英二がバーテンか。」

クス、と笑って周助は英二の顔を覗き込んだ。
その距離の近さに英二は一瞬目を丸くして驚いたような表情を浮かべたが、
すぐに目を細めて笑い返し、またタバコに口をつけて空へ向かって白い煙を吐き出した。

「そっかな、意外かな。今度誰か誘って飲みに来ればいいよ。
何かうまいの作るからさ。」

「うん、今度行くね。英二は中学の時から料理得意だったもんね。
話好きだし、うん、案外向いてるかもね。」

少しだけアルコールの入った体はふらふらと足元がおぼつかない感じで
英二はその腕を掴んで支えるように歩いた。

「大丈夫?不二ってホントに酒弱いんだな。
そんな飲んでなかったのに。」

「うん、でも全然大丈夫だよ。見た目より酔ってないから。」

大丈夫なようには見えないけど・・・そう思っても英二はあえて
口にはせず、黙って周助の腕を支えた。

周助は自分を支えるその腕を、少し伏目がちに見つめ、その目はまたふらふらと
宙を通って、アスファルトを見つめる。

 

頭をよぎるのは、あの頃の思い出ばかり。
つないだ手とか、夕暮れの部室、目じりにしわをたくさん作って笑う顔。
たくさんたくさん、笑った記憶。

だけど、最後に見たのは泣き顔にも似た、全てを拒絶する背中。

 

「あれから・・・もう7年もたつんだね。何だか信じられないな。」

「あぁ、確かに。早いよな、もう22だってさ。」

「うん・・・ホントに、早い。」

そう言った瞬間、周助の足が止まった。
同時に英二の足も止まる。

「・・・不二、なした?具合悪い?」

その場に立ち止まったまま、俯いて動かなくなった周助を心配するように覗き込んで
英二が問いかけるが、返事は無い。

「不二、大丈夫か?どっか座る?」

「いい、大丈夫・・・何でもない。」

掠れたような声で返すと、周助は自分を支えるように腰に回された英二の腕を
そっと振り払って、またふらふらと歩き出した。

「・・・。」

英二はそれ以上何も言わずただ黙って、そのどこか頼りない背中を見つめながら
数歩後ろをついて歩く。

街灯の明かりに照らされてアスファルトに二人の影が伸びる。

辺りの住宅はすっかり寝静まっているのか、物音一つ聞こえず、
二人の足音だけがぴんと張った空気の中に響いていた。


「・・・ねぇ、中学の頃のこと、覚えてる?」

ぽつりと、静まり返った中でも聞き逃してしまいそうな程小さな声で
周助が言った。

「・・・うん、覚えてるよ。」

「7年前だよ、ホントに覚えてる?」

「覚えてる。」

 


少しの間を置いて、はっきりとそう答える英二の声が
頭の奥で何度も繰り返される。
今の今まで、7年間聞くことの無かったその声に、
心臓は今にも押しつぶされそうな程苦しくて。
今、ここにこうして二人でいることがいまだに信じられなくて。

 


「びっくりした。今日、英二いると思わなかった。
もう、会うことなんて・・・無いと思ってた。」

「俺も、びっくりした・・・でも、ずっと会いたかった。会えればいいと思ってた。」

予想外の英二の言葉に、周助は一瞬言葉を詰まらせる。
込み上げるのは、紛れも無く嬉しいという気持ち。
同時に気づく、幼稚な意地を張っていた7年という時間の重さ。
ほんの少しのきっかけがあれば、ほんの少し自分が動き出せていたら、
もっと早く、こんな風に話すことができていたかもしれない。

「ずるいね、こんな時には素直なんだから。どうしたの?
僕だって・・・ずっと・・・また、こんな風に君と話すなんて、思ってなかったから・・・」

そこまで言って、周助は息が詰まりそうな、喉の奥が締め付けられるような
感覚を覚え、言葉を詰まらせた。
うっすら瞳に浮かんだ涙を悟られないようにうつむいて、ゆっくりと深呼吸をする。
その様子を感じ取った英二は少し困ったような表情を浮かべて周助の方を見ないように空を見上げて
暗闇にぽっかりと浮かぶ月を仰いだ。

「いんじゃないかな、今日こうして会えたんだからさ。」

思い出したかのように、ゆっくりと発せられた言葉。

「え?」

突然の言葉にその意味を理解できず、周助が聞き返した。

「お互い意地張ってこんな時間たっちゃったけどさ、
俺は今日会えたから、もういいと思う。」

簡単な言葉。
だけど確かにそうだ。
後悔したって、時間は戻らない。

少しだけ、心が軽くなったような気持ちで周助が顔を上げると今だ月を見上げる英二の
その姿が街灯の明かりに照らされてぼかしの入ったような柔らかな輪郭を纏い、
妙に大人びて見えた。

それは記憶のままの英二の面影は残しながらも、改めて見ればまるで知らない人の
ようで。さっきまで確かに思い出せていたはずのあの頃の英二の姿が、今度は何だか
ぼかしが入ったように霞む。
もどかしい気持ちでいっぱいになりながらなおも見つめていると、
英二がゆっくりと周助の方を向いて、互いの視線がぶつかった。

「な〜に、じっと見つめちゃって。あまりにもイイ男になってるからびっくりした?」

おどけたように目じりに深くしわを作って笑う顔、その笑顔に妙にくすぐったいような
懐かしさと照れくささを覚えて、

「なにいってんのさ、馬鹿。」

アルコールのせいだけではない頬の上気を悟られないように少し、街灯の明かりから
離れるようにまた歩き出す。

 

たった十数分の話。
だけど、

 

変わらないそのふとした時の仕草、笑顔。

タバコの香り、背伸びしたって届かない高い背、広い肩。

 

僕の知ってる3年間の君、

僕の知らない7年間の君。


全部ひっくるめて、

あぁ、やっぱり僕は、

 

君が好き。

 

ライターの擦れる音が聞こえて、また白い煙が空に消える。
後ろから追いついてそっと、髪に触れる大きな手。

視界を遮るように、突然近づく二人の距離に
自然と閉じた瞳、そして唇に感じるのは遠い昔の懐かしさ。
伝わるのは温もりと、そして微かなタバコの香り。

 

 


少し、苦いその香りは、僕の鼻先をくすぐって、

いつまでも

いつまでも

残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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英二がバーテン(笑)ギャグだ・・・

 

 

 

 

 

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