そっと瞳を閉じて、浮かび上がる君の姿に
思いを馳せた


真っ直ぐな瞳


凛とした空気


僕より少し低い声


何に対しても執着を持てなかった僕が
唯一、欲しいと願った人


だけど、傍にいるだけで良かったんだ


何一つ、望んではいけなかった
触れた瞬間から、全ては夢のように砕け散って
どんなに手を伸ばしても、もう届かない


失くした欠片を拾い集めて、
もう一度、それが意味を成すものになるのなら


僕は、何を失ってもかまわない


例えその先にあるものが


再び僕を、打ち砕いたとしても・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柔らかな日差しが瞳に舞い込み、散り終えた桜が
薄桃の絨毯となって通学路を彩る季節。
心地よい風が、緑の香りを運んでいた。

青春台駅で降りて、一人、学校への道を歩く。
通学時間には少し早くて、ほとんど学生の姿は見あたらなかった。
本当ならここからはバスに乗るんだけど、
それじゃあ早く来た意味が無い。

はやる気持ちを抑えながら、今日も探す。
ただ一人、その人を。

ただでさえ、人のいない時間帯だから、すぐに見つけることができた。
二つ先の角から現れた、その姿。
思わず、一人満面の笑みを零した。

そして、見つめる。
その、見慣れた広い背中を。
弾む呼吸を抑えながら少しづつ距離を詰めて、近づく。
大好きな、その背中に。

「おはよう、手塚。」

ポン、とさりげなく肩をたたいて、挨拶した。

「不二・・・おはよう、早いな。」

少し、驚いた顔をしてから、手塚は優しく微笑ってくれた。
別に、何を話すわけでもない。
ただ、何となく並んで歩いて、一言、二言交わすだけ。
そうして、生徒会室へ向かう君とバイバイして、教室に向かう。

別に、することなんてなにも無くて。
ただ、窓からボーッと外を眺めていた。
手塚が、火曜の朝は生徒会の用事で早く学校へ行くと知ってから、
決まって僕も早く家を出た。
会えるかどうかさえ確かではなかったけれど、
それでもわくわくしながら君を探した。
少しでも、君といられる時間が欲しい・・・
そう、思って。

 

 

僕は、手塚のことが好き。
だけど、もちろんそのことは言えない。
本人は愚か、まわりの誰にも。

だって、僕も手塚も男だから。

想いを伝えたその先に見えるのは、拒絶の二文字。
何よりも、それが怖かった。

それにもし、あからさまな拒絶こそしなくても、きっと迷惑に変わり無い。
男に好かれて喜ぶような人じゃないのは、わかってる。
でも彼は優しいから、そのことを言えずに思い悩むかもしれない。
真面目な人だから・・・。
彼を困らせるような真似だけは、したくないんだ、絶対に。

僕は別に何を望むわけでもない。
ただ、時折傍にいて、その穏やかな空気を感じていたい。
それだけで、十分だった。

 


十分だったのに・・・
何故、あの時、僕は届かないものに、手を伸ばしてしまったのだろう?

 

 

放課後、いつものように練習が終わって、それぞれが帰り支度を始めた時、

「ふじ〜、助けてー、数学の宿題一人じゃできないー!!」

言いながら、英二が背中に圧し掛かってきた。
一瞬ふらつく足元を支えながら、

「はいはい、しょうがないなぁ、やり方教えるだけだよ?」

「やりぃ〜!じゃあ今からマック行ってやろうぜぃ!」

そうして、英二に手を引かれ、言われるままにマックへ行って宿題を片付けた。
気づけば時計の針は7時を指していて、そろそろ帰ろうか、と支度をしている時、
ふと、ポケットをあさると、ケータイが無いことに気づいた。
カバンを探してみても、やっぱり無くて。
よくよく思い返してみれば練習前、着替える時に、
ロッカーの棚に置いたような記憶がある。
一日くらい無くてもどうってことはないんだけど、一度無いことに気づいて
しまうと、やっぱりどうしても気になって。

「ごめん、英二!部室に携帯忘れちゃった。悪いんだけど先に帰ってて。」

「マジで?もう、不二のおっちょこちょいー、一人で大丈夫?!」

「大丈夫大丈夫!!」

心配する英二に別れを告げて、僕は部室へと走った。

よく考えてみればもう遅い時間で、みんな帰ってしまっているかもしれないし、
部室の鍵は手塚か大石が持っていて、携帯が無いと連絡がつかないことに
気づいたのは、校門の前にたどり着いた時だった。
それでも、まだ誰か残ってるかもしれないと思い、とりあえず
部室まで行ってみると、明かりが灯っているのが見えた。
けれど近くまで行ってみても何の音も聞こえなくて、そっと2回ノックして
ドアを開けた。

一瞬、鼓動が跳ね上がるのを感じ、僕は息を呑んだ。

静まり返った部室。
腕を組み、少し俯き加減で壁にもたれてベンチで眠る手塚がいた。
すぐ横に、部誌のファイルとペンが転がっているのを見ると
部誌を書き終えて、疲れて眠ってしまったのだろうか。

そっと、音を立てないように後ろ手にドアを閉めて
自分のロッカーまで行きくと、やっぱり棚に置き去りにしてしまっていたらしい。
携帯を手にとってカバンにしまいこんだ。

静寂の中、微かな寝息だけが聞こえる。
振り返れば、眠る彼がいて。

ほんの少し・・・
ほんの少しだけ、見ていたい。
そう思った。

気づけば、そっと手塚の隣に腰掛けて、覗き込むように
眠る様子を見つめていた。

レンズ越しに見える長い睫毛。
そこに微かにかかる柔らかで、少しくせのある髪。
口角のラインまで、綺麗に描かれた薄紅の唇。
透き通るような、白い、肌。

何て、綺麗な人だろう・・・
いつも、遠くから見つめることはあっても
こんな近くでまじまじと見たのは初めてで。
吸い込まれるように、魅せられて。

触れたい。

強く、そう思った。
きっと、こんなチャンス二度とない。

一生、伝えられない思いなら。

たった一度だけでいい・・・。

お願い、たった一度だけ、許して・・・。

心の中で、そうつぶやきながら、少しずつ二人の距離を縮めて。
心臓はもう、爆発寸前。
耳のすぐ奥で、鼓動が聞こえた。
呼吸の仕方も忘れたように、
息を殺して、瞳を閉じて、

そっと、

その唇に触れた。

ほんの、数秒。

 


ゴメンネ

 


吐息ほどの大きさで、そっと囁いて、物音一つ立てずに部室を後にした。
鼓動はおさまることを知らず、いつまでも、いつまでも、高鳴り続けて・・・

何か、取り返しのつかないことをしてしまったという思いと、
それに相反して、心にじんわりと広がる、喜びに。

その夜はベッドに入ってからも、寝付くことなんてできずに
何度も唇を指でなぞっては、確かにそこに触れていた彼の温もりと、その柔らかさを
思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時、僕は本当に幸せな気持ちで満たされていたんだ。


浅はかな自分の行動が


どれだけ大きなものを失う結果を導くのかさえ知らずに。


ねぇ、いくら願ってみても


無くした欠片は戻らないよ


お願いだから


こんなどうしようもない僕を


せめて・・・


哂ってよ

 

 

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