明け方に見た夢は、あの時と同じ。
静寂に包まれた部室。
君と、僕。

まるでセピアのフィルターがかかったように
どこかおぼろげなその空間で僕は
君に口付ける自分の姿を、後ろからじっと見つめていた。

なんともいえない違和感を感じながらその光景を眺めていると、
あることに気づく。

射るような眼で、僕を見つめるその視線。
瞳を閉じて、口付ける僕を、ただ、冷ややかな眼差しで
見つめる手塚がいた。

驚きと焦りに襲われ、ただ、『止めなきゃ』
という思いに駆られ、走り寄ろうとした瞬間、
誰かに強く、腕を掴まれた。

必死に振り払おうとしても、力が入らなくて、
叫ぼうとしても声にならなくて・・・。

耳元で、誰かが言った。

 


『もう、遅いよ。』

 


これは・・・一体、誰の言葉?

 

 

 


カーテンの隙間から差し込む日差しに誘われるように
目覚めて、時計を見れば8時を少し過ぎていた。
何だかすっきりしない朝。
とても、気になる夢を見たような気がして・・・
だけど、はっきりとは思い出せない。

今日は日曜で学校は休み。
特に予定も無い。
いつもより少し遅い朝食を済ませて、部屋で一人
ベッドに寝転んで雑誌を眺めていた。

音が無い空間は寂しくて、だけど持っているCDには飽きてしまって、
何となしに、ラジオをかけてみた。
スピーカーからは、ちょうど今話題の映画の主題歌が流れてきて、
そういえばこれ、見たかったっけなぁ・・・と思いながら、
サビの知ってる部分だけを何となく口ずさんでみた。

曲が終わって、パーソナリティが葉書を何枚か読み始めた頃には
もう、ほとんど意識はそっちに向いてなくて、雑誌をパラパラとめくっては、
新しいシューズが欲しいとか、ガット張り替えなきゃなぁとか、
あれこれ考え事をしていた時、
ふと、気になるフレーズが、耳に飛び込んで、もう一度
ラジオに耳を傾けた。
多分、さっきよりもずっと真剣に。

『同性を好きになってしまって・・・』

本当にその一瞬だけが鮮明に聞き取れて、
思わず自分を嘲笑ってしまったけれど。
どうやら葉書の差出人は女の子のようで、同じ部活の
女の先輩を真剣に好きになってしまって悩んでいる、
というような内容らしい。

その子と自分を重ね合わせるわけじゃないけど、
何となく共感してしまうのと同時に、微かな安堵感を得た。
自分だけじゃない・・・と。

 

そして思い返す。
入学当初から、彼のテニスにおける強さは群を抜いていて、
何度試合をしても、決して勝つことはできなかった。
もちろん悔しい思いは常にあって、だけど決してそれが
嫌ではなかった。
彼の打つ球の重さが妙に心地よくて、何時間でも打ち合っていたい。
そんな気持ちにさせてくれた。

綺麗なフォーム。
コートに立つだけで、独特の空気が彼のまわりを包み込み
その空間ごと、彼の色に染めてしまう。
隙の無い、力強いプレイ。

気づけば目で追っていて、
彼に近づきたい、もっと知りたい、そう思うのは、
憧れに近い気持ちだと思っていた。


だけど、違った。
日増しに募る想い。

 

彼に、触れたい

 

触れられたい

 

もっと知りたい

 

近づきたい

 

他の誰よりも、近くにいたい

 

 


触れたい

 

 

触れたい

 

 

触れたい

 

 


触れたい・・・

 

 

 

 


一度思い始めれば、もうそれは止まることを知らなかった。

 

 

 

 

 

叶わないとわかっていても・・・

 

 

 

 

ラジオからは相変わらずパーソナリティがもっともらしく
同性愛に理解ありげなことを言っていたけれど、
所詮上辺だけの言葉にしか聞こえなくて、音楽に切り替えた。

雑誌を閉じてベッドの下に投げ捨てて仰向けに寝転び、
瞳を閉じて唇をなぞる。
触れた感覚を思い出しながら。

あの、長くて綺麗な指が、自分に触れたら・・・

あの唇が、意思を持って自分に口付けたら・・・

あの瞳が、真っ直ぐ自分を見つめたら・・・

そう思うだけで体が熱くなる。
熱が、自分の中心に集まるのを感じ、微かな疼きを覚えた。

何度、その先に手をのばそうとしたかわからない。

そのたびそれを必死で抑えてきた。

これはしてはいけないことだと、自分に言い聞かせながら・・・

 

 


だけど

もう、限界。

 

 

そっと、ズボンのボタンをはずし、ジッパーを下ろして
かすかに反応を見せ始めている自分自身に触れた。

頭の中は、彼でいっぱい。

そっと、握りこんで軽く上下に扱いた。
先端からは半透明な先走りが、うっすらと球状に滲み出している。
シャツの裾から手を差し込んで、薄桃に色づく胸の突起を
指の腹でそっと撫で、時折つまんでは、こねまわした。

「・・・ってづか・・・てづ・・・っ」

下に聞こえないように、小さな声で、何度も呼んだ、
愛しいその名を。

強弱をつけて、何度も何度も擦り、
優しく笑う彼を、そして僕より少し大きな
その手を思い浮かべる。

快感が体中を駆け巡り、その部分から全身がとろけてしまいそうで、
すっかり夢中だった。
もう、手塚のこと意外が何も考えられない程に、
目の前の快楽に、ただ溺れていた。

ひっきりなしに、熱い吐息が漏れ、時折赤い舌先を
覗かせては、ぺろりと軽く、唇をなぞる。

一瞬、背筋にぞくりと痺れにも似た甘い感覚が走り、
頭が真っ白になった瞬間、ビクンと大きく体が痙攣し、
そしてあっけなく放たれる、白濁の精。

受け止めた掌には、生暖かくてぬるぬるとした液体がべっとりと
ついていて、何だか気持ち悪かった。


終わってしまえばそれはもう、何の意味も持たなくて、
ただ残るのはひどい脱力感と、込み上げる罪悪感。

そして、彼はここにいないのだという、虚無感。

今まで、必死に自分でストップをかけていた行為。
なのに、たった一度の過ちが、さらなる過ちを招く結果になってしまって。
後悔の気持ちでいっぱいになったけれど、
でも、欲望は一度流れ出たら止まることを知らない。

 


触れたい・・・
もっと触れたい。

 


知りたい。
まだ知らない彼の全てを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


そしてまた、愚かな僕は明け方の警告にも気づかず

さらに深い静寂の中へ迷い込んでいったけれど

 

 

 

 

せめて君だけは、この迷路から抜け出す光を


見つけてくれるよう・・・


僕の願いは、もう

 

 

 

 

それだけ。

 

 

 

 

 

Next

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送