甲高い電子音が部屋中に響き渡り、
ふとんにもぐったまま、その音の元である目覚まし時計の
ボタンに手を伸ばした。
何度かもぞもぞと寝返りを打って、ようやく重い瞼をこじ開けた。
眠りについたのは、明け方。
うっすら空が白んでいくのを眺めながらようやく
うとうとし始めたと思ったらもうタイムリミット。

全然、眠れなかった。
体が、だるい。

結局昨日あれから部活に戻ってみると、英二の姿は
見当たらなくて、おずおずと手塚に聞いてみると

「英二なら具合が悪いらしくてね、さっき早退したよ。」

手塚の隣にいた大石が代わりに答えた。
手塚は、僕と大石を交互に見ると、特に言葉も見つからないという
風にまた、手に持っていた資料に視線を落とした。

僕もその場にいるのが何となく気まずくて、「そう。」とだけ答えて
そそくさと逃げるように練習に戻ったけれど、
内心英二がいなかったことにはホっとしていた。
どんな顔をして、何を話せばいいのかわからない。
何より、なぜ英二が突然あんなことをしたのか、全く理解できなかった。

だけど結局、先延ばしにしただけ。
今日学校に行けば確実に教室で顔を合わせるんだ・・・。
鬱々と考えながら、用意された朝食には手をつけられずに
ミルクをたっぷり注ぎ込んだ紅茶を一口喉に流し込んで家を出た。

空は、嫌味なくらい雲ひとつ無い快晴。
見上げただけで、悩みなんて吹き飛んでしまいそうなものなのに。
やっぱり僕の足取りは重かった。

下駄箱には生徒達のざわめき。
階段を上り、長い廊下を歩けば、もう目の前には教室のドア。

なるようにしかならない。

そう、自分に言い聞かせて、心持ち勢いをつけてドアを開けた。
自然と目がいくのは窓際の、後ろから2番目の席。
真っ先に英二の姿が視界に飛び込んで、一瞬たじろいだ。
階段のあたりから始まっていた動悸は、ここにきて一気に高まった。

僕の席は、窓際の一番後ろ。
よりにもよって、この間した席替えでこんな席順になっていた。
もちろん、その時はお互い喜んだし、昨日までは何の問題も無かった。

だけど、今は、この席順がとても気まずい・・・。

入り口で、ボーっとしていた僕に、後ろから来たクラスメイトが
おはようと声をかけた。
返事をするうちにそのまま押し流されるように教室の中へ入ってしまい、
ふと、クラスメイト数人と笑いながら話していた英二と目が合った。

一瞬、僕は目を見開いて固まってしまったけれど、

「ふじ、おっはよー!何ボーっとしてんの?チャイム鳴るよ?」

遠くから叫ぶ様子があまりにも自然で、
いつもと変わりない英二の態度に、拍子抜けした。
ひょっとして、昨日のアレは僕の夢?
そう思ってしまうほどに、何事も無かったようで。

英二におはようと声をかけて席に着くと、ちょうどチャイムが鳴って、
前のドアから担任が入ってきた。

いつもの教室。
いつものホームルーム。
いつもの英二。

何だ、何も変わらない。
だけど何だか胸の辺りがむずむずするような、妙な違和感は拭い去れない。

それでもだいぶ心持ちは軽くなった。

軽く息を吐いて、窓越しにグラウンドを眺めていると、
振り向いた英二がこっそりと僕に耳打ちした。

「ねぇ、今日帰りうち寄ってかない?ちょうど部活ないじゃん。」

「え・・・。」

確かに今日は先生方の会議があって、放課後生徒は一切校内に
残れないから、自動的に部活が休止になる。
放課後は特に用事も無いけれど・・・

「駄目?何か用事ある?」

「あ・・・ううん、いいけど、英二具合大丈夫なの?
昨日、早退してたでしょ。」

「うん、もう全然へーき!じゃあ約束ね。」

つい、オッケーしてしまった・・・
咄嗟の、断る理由が思いつかなくて。
でも、この様子なら大丈夫だろうか。
漠然と、そう思った。


放課後。
英二の自転車の荷台に腰掛けて、土手沿いの坂を
下ると、心地よい風が髪を撫でた。
途中、コンビニに寄ってお茶二本とポテトチップス、チョコレート
を買った。
どっちでもいいのに、英二がポテトチップスのオニオンソイソースと
ガーリックチーズのどちらにしようかでやたら悩んでいる。
一度悩みだすと長いのを知ってるから、僕は黙って雑誌コーナーで
情報誌を読みあさっていた。
ようやく決めた英二に方を叩かれ、コンビニを後にした。

英二の家に来るのは本当に久しぶりで、玄関の匂いに
何だか懐かしさすら覚えた。

先に行ってて、と言われて二階の奥の部屋へ向かう。
扉を開けると、大きなクマのぬいぐるみが
こっちを向いて出迎えてくれた。
名前・・・大五郎だっけ?
相変わらずちょっと傾いてて、今にも倒れそう。

「おまたへー、ちょっとちらかってるけど適当に座ってー!」

そう言って英二は簡易テーブルを持ち込んで部屋の真ん中辺りに
置いて、コップと、お茶のボトル、さっき買ったポテチとチョコレートを
皿の上に広げた。

結局オニオンにしたんだ・・・
そう思いながらそのポテチを数枚口に運んだ。

「そういや昨日、何本かビデオ借りてきたんだけど、見る?」

英二にそう言われて、青い袋の中から数本取り出されたビデオテープ
を眺め、一本選んで手渡した。
ちょっと前に話題になった、ファンタジー系の洋画。
テープがデッキの中に吸い込まれて、画面からは映画の予告編が流れ出す。
雰囲気出さなきゃ、と英二がカーテンを閉めた。
部屋が少し、薄暗くなる。

本編が始まって、最初のうちはお互い何か、ぽつりぽつりと会話をしていたけれど
次第にそれも無くなって、室内はただ、テレビから流れる音で満たされていた。

すると意識するつもりはなかったのにだんだん、
昨日のことばかりが頭をよぎるようになってしまって、
何とか映画に集中しようと頑張ってみても、やっぱり駄目で。
何だか気まずさに押しつぶされそうになってしまって
ここに来たことを少しずつ後悔し始めていた、
そんな時、英二が口を開いた。

「ねぇ、これ、面白い?」

「ん・・・?まぁまぁ、かな。」

「そう・・・。」

微妙な会話で、また、沈黙が訪れる。

もう、映画の内容なんてちっとも入ってこない。
しきりにお茶を口にしては、ちらちらと英二の方を
見ていた。
ふいに、テレビ画面を見つめたまま、英二が言った。

「昨日のこと、気にしてるっしょ?」

突然の、確信をついた一言にびっくりして思わず吹き出しそうになった
お茶を飲み込んで、僕は何も言えず英二の方を見ていた。

「・・・図星でしょ?」

しっかりと目線を合わせて、英二が少し笑って言った。

「そりゃ、あんなことされれば、気にするに決まってるでしょ。」

もう、覚悟を決めようと、率直に答えた。
ごまかしたって、始まらない、何も分からない。

すると英二が、笑いながらゆっくりと僕に近づいて、
テーブル越しに、そこに手をついて、身を乗り出した。
英二の顔が、すぐ目の前にある。
だけど、僕はコップを持ったまま動けずにいた。

少しずつ、縮まる距離。
そして、気づいたときにはもう、唇が重なっていた。
目の前にある、英二の顔。
意外に長い、髪の毛と同じ、薄く赤茶がかった睫毛が印象的で。
自分でも不思議なほど冷静にそれを見つめながら、瞳を閉じ、
そしてやっぱり、あの時の感触は、これだったのだと・・・
妙に納得していた。


ただ、触れるだけの瞬間的なキス。

唇が離れた時、英二が言った。

 

 

「ねぇ、こういうの興味ない?」

 

 

・・・?

 

 

僕には、その意味が理解できなくて、
ただ、黙って英二を見つめていた。
テレビのスピーカーから流れる能天気な音楽が、妙に耳についた。

 

 

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