どうしてこうなったのか、自分で自分がわからない。

だけど、何気ない会話の中に確かに存在する
二人だけのサインは、すでに何度も繰り返される
当たり前の、日常のひとかけらになりつつあった。

流される自分がとても滑稽に思えて、
だけど、抜け出すこともできなくて、
抱えた想いに押しつぶされそうな自分を支えるので精一杯だった。

 

 

 

 

 

 


「ふ〜じ、今日も帰りうちよってく?」

部活終了後の部室、後ろから圧し掛かるように抱きついて無邪気にそう言う
英二に、内心逸る気持ちを落ち着けながら、小さく了承の言葉を継げた。

部室には、他の部員達もいる。
もちろん、手塚もいる。

誰も自分達のその会話を聞いて、不自然に思ったりは
しないことはわかっていても、何となく、
後ろめたい気持ちを拭い去ることはできなかった。

シャツに袖を通し、ボタンをとめながら、ちらちらと盗み見るように、
手塚の方にばかり目がいった。
けれど時たま、手塚がこちらに視線を投げかけると、目が合うのが怖くて、
瞬時にそれをそらした。


意味のないことの繰り返し。
自分で自分に嫌気がさした。


あの屋上でのやりとりの日から、ほぼ毎日のように、僕は誘われるままに
英二の家に上がりこんでいた。

二人の間に流れる空気は、明らかに以前のそれとは違っていて、
部屋のドアを開けた瞬間、英二が僕の肩にそっと手を置いて中に導く。

英二が僕を見る目が明らかに違っていることに、もう昔のような
友達には決して戻ることは出来ないのではないかと、何かとても
大切なものを失くしてしまったような喪失感が心を埋め尽くして寂しかった。

一度体を重ねてしまえば、決して元通りの関係になることなんて
できるわけがない。


わかりきっていたことなのに、どうして止められなかったのだろう・・・


今ではすっかり見慣れてしまった、あの大きなクマのぬいぐるみが、
何となく自分達を咎めるように見つめているような気さえして、
見ないふりをして固く目を閉じた。


二人分の重みで、ぎしりとベットのスプリングが軋む。
会話もそぞろに始まるそれは、舌と唇、指先で互いの気持ち良い
所を探りあうような、子供のくすぐりあいっこにも似た本当に幼いものだったけれど、
それでも日増しに体はほんの小さな快楽すら逃さずに拾い上げるようになっていた。

 

 

 


「ん・・・っ英二・・・駄目、もう・・・っ」

「待って・・・ふじ、もーちょい・・っこれ、二人の・・・一緒に、握って?」


菊丸の掌に握りこまれて、互いの雄が擦れ合う快感に不二が限界を訴える声を
上げると、不二の手を取って、菊丸がそれを握らせ、その上から包み込むように
自分の手を重ね、そしてゆっくりと再び上下に動かし始める。

二つの先端から溢れる透明な液体が、混ざり合いくちゅくちゅといやらしい水音を
室内に響かせ、荒い呼吸と、掠れた声が二人の唇から漏れる。

「・・・っねぇ、不二、きもちいい・・・?」

「・・・っあ・・ん・・っきもちい・・・ッもっ・・・駄目・・・!」

不二が上り詰めようとしたその瞬間、菊丸はその手を止める。

「・・・っえいじ・・?なに・・・?」

潤んだ瞳でねだるように見上げる不二の問いかけには答えずに、
菊丸は軽く口付け、そして不二の太ももを指の腹でなぞりながら撫で、柔らかな双丘を
軽く爪をたてるように揉み込んで、その奥にある、まだ固く閉ざされた蕾に静かに
指を伸ばす。

ビクリと不二の体が震え、顔が強張るのが見て取れ、

「大丈夫、痛くしないから。指だけだから、ね?」

優しく声を掛け、栗色の髪を撫でながら、
菊丸はゆっくりとその中へと指を滑らせた。

「・・・っ」

くぐもった声を上げて、不二が異物感から顔を歪める。

初めての行為ではない。
あの、トイレの個室の時以来、いつも繰り返していることだった。
それ以上のことはしない。
ただ、最初は一本だった指は日増しに増やされ、
気づけば三本入れても痛みを感じないほどに慣らされていた。

中を這い回る指の感覚がざわざわと体中を駆け抜け、
焦らすように触れそうで触れられない奥の一点を指がかすめるだけで、
自然と体がその感覚を求めるようになっていた。

菊丸がくす、と目を細めて笑い

「不二、腰動いてる。ちゃんと触って欲しいの?」

と意地悪く問いかけると、不二の頬が一気に色を帯びて
上気する。

「・・・えいじ・・っなんでそういうこと言うのさ・・・」

「ごめん、不二ってなんかいじめたくなっちゃうんだよね・・・」


言うと同時に、菊丸は三本の指を一気に奥まで挿入して、
大きく円を描くように一周、中をかきまわした。


「・・っあ・・!!やぁ・・っ!」


焦らされていた感覚が急にリアルに弱い部分を刺激され、
不二は背中を弓なりに反らして、ビクリと大きく体を震わせた。

「不二の感じてる声ってすごいやらしい・・・大好き。
もっと聞かせて・・・?」

言いながら菊丸はひとさし指と中指の関節を少し曲げるようにして、
何度も何度も、不二のナカの一番感じる部分に刺激を与えた。

そのたび、不二の唇からは普段の彼からは想像もできないような、
甲高い嬌声が零れた。
固く閉ざされた瞳からは強すぎる快楽に、生理的な涙が一滴零れ落ちていた。

不二のその表情を見つめる菊丸の瞳は、どこか無邪気さを
帯びた恍惚に満ちている。


まるで、美しい蝶を自分だけの標本に閉じ込めた子供のように。


菊丸が再び互いの雄を握りこんだ手を上下に動かし始め、
押し寄せる2つの快楽に、不二が限界を訴えるようにビクビクと体を
震わせ、一際大きな声を上げて、互いの腹に飛沫を散らした。

少し遅れて菊丸も、自分の掌に精を吐き出す。

 

ほんの数秒、荒い呼吸が室内を満たし、そして
静けさが訪れる。

 

シーツにくるまって、何も纏わずに互いの肌の温度に
身を任せていると、菊丸が優しく不二の髪を指先ですいた。


「大丈夫?疲れた?」

「ううん、へーき。」

 

 


行為の後も英二は優しかった。
だけど、その優しさが辛かった。

終わりの無い迷路に迷いこんだ気分だった。
いつまでこんなことを続けるつもりなのか、自分でもわからない。

浅ましく快楽を求める自分の体に吐き気すら覚えるけれど、
優しく抱きしめるこの腕も、今まで以上に特別だと思わせてくれるその
笑顔も、手放すのは嫌だと思う気持ちがあった。

失くした代わりに手に入れたもの。

前より近くなったはずなのに、昔の自分達に距離を感じて。

こんなこと、続けていたって仕方ないのに、流されるまま。

手塚への想いも、捨てることなんてできずに。

 

 


そしてまた、今日も同じことの繰り返し、そう思っていた。

 

 

英二が掃除当番で遅くなりそうだからと、先に部室へ向かった。
まだ誰も来ていないかな、と思ってドアに手を伸ばすと鍵が開いていた。

ドアを開けると、ジャージの袖に手を通す手塚と目が合った。
何だか久しぶりの二人きりの空間に、頬が引きつるような、
顔全体が強張るような、そんな感覚を覚えて、「おはよう」と言葉少なに
挨拶を交わして足早に自分のロッカーへと辿りついて着替え始める。

会話の無い室内は気持ちの悪い静けさが響いて、自分の鼓動の音が
聞こえてしまうのではないかと、あるはずもないことに対する不安すらこみ上げた。

ちらりと手塚の方に目をやれば、ベンチに腰掛けて、今日のメニューらしきもの
に目を通している。

気持ちを落ち着けようと深呼吸代わりに、小さくため息を漏らして、
ジャージの前を閉め、ラケットバッグに手を伸ばしたその時だった。

 


「不二、今日の放課後あいているか?」

 


「え・・・?」

静寂を打ち破るように、手塚が静かに言った。
動揺を隠せず、聞き返すことしか出来なかった。


「もし、用事が無ければ、駅前に新しくできたショップでシューズを買おうと
思っていたのでな。付き合ってもらいたいんだが。お前も前に行きたいと言っていただろう?」

「あ・・・、うん。行きたいと思ってた!!うん、いいよ。」

全くもって予想外だった手塚の誘いに、気持ちが瞬く間に
高揚するのがわかった。
自然と必要以上にこぼれてしまいそうになる笑みを何とかごまかしながら
頭の隅に英二との約束がちらついて、だけど自分の中で無かったことにして、

「じゃあ、僕ちょっと用事があるから先に駅に向かってそれを済ませてから行くね。」

「あぁ、わかった。」

咄嗟に、手塚と一緒に駅に向かっては、英二にばれてしまうと考え、
駅での待ち合わせでと告げて、先にコートに出た。

英二に何て断ろう・・・と、それだけが少し気がかりだったけれど
ここ数日は毎日のように行っていたのだから、たまにはいいだろうと
そんな軽い気持ちで考えていた。

部活の最中はずっと、手塚との待ち合わせのことばかり考えてしまって、
ちっとも集中できなかった。
時の流れはあっという間で、自分が何をしていたかもわからないうちに
日は暮れて、部活は終わっていた。

 

「不二、どうする?今日、たまには何かビデオでも借りてく?」

着替えながら英二が言った。

「あ、ごめん・・・今日ちょっと用事ができちゃって・・・。」

「あれ、そうなんだ・・・」

「ごめんね、姉さんから急にメールが入ってさ、大した用事じゃないんだけど
断れなくて・・・。」

「いいよ、お姉さんなら仕方ないよ、俺は別に明日でもいいしさ。」


後ろめたさは拭えなかった。
口から零れる嘘に、不自然さを感じずにはいられなかった。
もちろんそれは英二にはきっと伝わりはしないのだろうけれど。

手塚が先生とのミーティングで、今この場にいないことも
救いだった。

一度きり・・・一度きりの嘘だからと自分に言い聞かせて、
さっさと着替えを済ませて鞄を手に取り、誰よりも早く部室を後にした。

足は自然と小走りになって、息を切らして駅に向かった。

 

 

「すまない、待ったか?」

「ううん、僕も今着いたところだから。」

「用事はもう済んだのか?」

「うん、もう大丈夫、行こう。」


本当は20分も前から待ち合わせ場所には着いていた。
だけど、手塚を待つ時間はあっという間で、全然長いとは感じなかった。

手塚にも英二にも嘘をついているという二重の後ろめたさは
あったけれど、学校以外の場所で手塚と並んで歩くことが出来て、
そんなことは大したことじゃなかった。

予定通りにショップで手塚のシューズを選んで、ついでにと
僕はグリップテープを買った。
軽くお茶をして、そしてまた駅で別れる。
本当に、何も特別なことはない、普通の買い物。
それでも嬉しくて嬉しくて、帰り道でも、夜布団に入ってからも
何度も今日二人で話したことや、何気ない手塚の仕草を繰り返し思いだしては
一人笑みをこぼしていた。

 

だけど翌日、やっぱりそんなことをして、罰が当たらないわけはないのだと、
僕は身を持って知ることになった。

何となく昨日の余韻に浸りながら夢見心地で過ごした一日は
あっという間に終わり、いつものように部室に集合して、ざわつく室内で、
着替えを始めていた時のことだった。


「そういえば昨日、手塚部長と不二先輩、駅前の交差点歩いてましたよね?」

突然、着替えを終えて僕の横を通り過ぎようとした瞬間に越前が口にした一言。
一瞬にして血の気が引いて、自分の表情が凍りつくのがわかった。
何も答えずに呆然と越前の顔を見ていると、

「俺も昨日駅前に用事があって、ちょうど交差点渡ろうとしたとこで
二人見かけたんで。ま、別にそれだけなんスけどね。」

自分の用件だけ独り言のように言い終わると、越前はさっさと
ドアを開けてコートへと向かった。

 

隣にいる英二の顔を見る勇気は無かった。

 

コートに出て、二人一組の柔軟が始まる。
無言のまま気まずい空気を引きずって、僕は黙って英二の背中を押して
いると、ふいに英二が口を開いた。

「昨日、手塚と・・・?」

動悸は一気に早まって、頭の中が真っ白になった。
何一つ、言い訳の言葉すら浮かんではこない。

「・・・う・・ん、ごめん・・・。」

言葉に詰まりながらも答えると、

「ううん、いいよ。怒ってないから。」

「ほんとに・・・?」

「うん、それより今日はうち、寄っていけるでしょ?」

疑問系ながらもどこか選択肢を与えないような問いかけを
約束を破ったという立場上、断るわけにもいかず、
静かにうなずいた。

結局そのことについてもそれ以上は触れてこずに、
英二は急に話題を変えるように昨日のテレビの話をはじめた。

 

部活の最中も、いつもと変わらない様子の英二に、だけど
何か胸騒ぎのようなものが体中を駆け巡るような感覚がして、
どうしようもなく不安が押し寄せた。

 

一体いつまで僕はこんなことを繰り返すのだろう?
また同じ疑問が心の中で繰り返される。

 

重ねるごとに重くなる罪の意識と、
何か大切なものがひび割れていくような、そんな感覚だけが
自分の中に確かに存在していた。


別の人を想いながら、伸ばされた手を振り払えずに。

そしてこの日、僕の中に取り返しのつかない亀裂が生じた。

 

 

 

 


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