気温、39度。

 

日差しが強くて、立っているだけで汗が噴き出した

 

まとわりつくような生ぬるい空気が息苦しくて

 

どこかへ逃げ出してしまいたい

 


そんな気分だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休み直前、授業も短縮で短くて、いつもより早い昼休み。

窓を開けても風ひとつ入ってこない教室を抜け出して、

英二と二人、屋上でお弁当を食べていた。

「あづーい・・・溶けるー・・・」

屋上入り口横の唯一の日陰で、寝転がって英二が叫ぶ。

「しょうがないよ、英二。今日はどこに行っても暑いんだから。」

綺麗に渦を巻いた薄黄色の玉子焼きを箸でつまみながら、周助が言った。

「何で不二そんな平気そうな顔してんのさぁ、暑くないの?」

ぐったりした様子で英二が問いかける。

「そりゃ僕だって暑いけどさぁ、言葉にしたら余計に暑くなるじゃない・・・」

「だけど言わないと、この怒りどこにぶつければ・・・
あー・・・この暑さあれだ、思い出した。お父さんの靴下の中だ・・・。そっくりだ。」

「何それ・・・。」

わけのわからないことを口走り、暑い暑いとぐずりながら手足をじたばたさせ、

仕舞いにはぐったりしたまま動かなくなった。

「あ、飛行船。」

空になったお弁当箱を包みながら、ゆっくりと夏の空を漂う飛行船を見つけて周助がつぶやいた。

英二は、一度視線をそちらに向けて、また気だるい感じで眼を閉じる。

 

 

見上げた空には、雲ひとつ無くて、抜けるような青がどこまでも続いていた。

ふふわふわと、自由にそこを漂う真っ白な飛行船。

何だかとても、羨ましくて。

ただ、じっと見つめていた。

太陽を覆うように飛んでいた飛行船が通り過ぎた瞬間、

日差しが目に飛び込んできてひどくまぶしい。

まとわりつく空気は、重苦しくて。

「どっか・・・遠くに行きたい。」

何気なく、口をついて出た言葉。

うつろな意識でそれを聞いていた英二が、

ほんの一瞬考え込んだかと思うと突然勢い良く飛び起き、


「行こう!」


と叫んで立ち上がった。

「え?」

 

 


どこへ?

 

 

と言う間も無く、英二はさっさと周助の手を引いて屋上を後にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


数分後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

照りつける日差しの中、突然午後の授業をサボる羽目になり、

英二の自転車の荷台に腰掛けて周助は半ば諦めの表情だった。

「ねぇ、英二ってどうしてこう行動がいつも突発的なの?」

日差しを避けるように額に手をかざし、英二の背中にもたれかかって問いかける。

「だって、不二がゆったんじゃん。どっか遠く行きたいって。」

「そりゃゆったけどさ・・・。で?一体どこに向かってるの?」

「へへへ、内緒!」

立ちこぎでスピードを上げた自転車は、

ガタガタと音を立てながら一瞬左右に大きく揺れて、

少し町並みから離れた細い田舎道を進んでいった。

「へぇ、学校からそんなに離れていないのに、こんなとこあった・・・ゎっ!!」

突然ブレーキがかかり、英二の背中に思い切り鼻をぶつけてしまい、

少し赤くなった鼻をさすりながら、荷台を降りる。

「あ、ごめんね不二、大丈夫?」

「うん、大丈夫だけど・・・。」

「ちょっと、ここ寄ってくね。」

そこには一軒の駄菓子屋があった。

自転車を店の横に止めると、横開きのドアをカラカラと開けて、

振り返った英二がおいでおいでと手招きをする。

店の中を見ると、天井に取り付けられた扇風機が首を振り、

プロペラの前に取り付けられた数本の紐がそよそよと揺れている。


棚に並ぶ駄菓子達。

水鉄砲や、紙風船、竹とんぼが袋詰めで壁に並び、

入り口のすぐ横には小さなレジカウンターがある。


「おばちゃーん、こんにちはー。」

英二がそう言うと、店の奥から一人の老人が出てきた。

もう七十は近いだろうという感じで、白髪で腰が微かに曲がっている。

しわだらけの、笑顔がとても優しそうな老婆だ。

「おや英二くん、いらっしゃい。今日はお友達も一緒なのかい。」

老婆と目が合い、周助は軽く会釈した。

「うん、同じクラスの不二。かわいいっしょ?」

そう言って笑いながら、ザルに駄菓子を乗せていく。

「不二も、好きなの入れてね。」

「うん。」


そうして二人で山盛り駄菓子を買った。

坪に入ったスルメも、タバコに似せた箱入りの飴も、

パイプの形をしたチョコレートも、当たりつきの風船ガムも。


どれもとても懐かしくて。
つい買いすぎてしまった。


最後にラムネを二瓶買って、店を出た。

お婆ちゃんは、にこにこ笑って「また来てね。」と手を振っていた。

 

 

太陽は相変わらず遠慮もなしに僕らを照らす。

じりじりと、肌の焼ける感覚がした。

時折日陰で吹き付ける風すら生ぬるくて、

自転車をこぎ続ける英二の背中は汗でびっしょりだった。

 

 

「ねぇ、英二はよくあそこに行くの?」

「んー?うん、中学入ってからはたまにだけど、昔はほとんど毎日行ってたなぁ。」

「へぇ、僕も家の近所の駄菓子屋、よく行ったよ。裕太と二人で100円ずつ握り締めてさ。
あの頃は何買おうか、すっごい迷ったなぁ。」

「わかるわかる。んで駄菓子持って一日中川とか公園とかで遊んでたよ。
誰かれかまわずそこら辺にいる奴全部誘ってさ。」

「あはは、英二らしいや。」

 

 

話しながら、しばらくまっすぐな一本道を走った。

自転車に揺られながら、ふと考える。

もし英二ともっと幼い頃に出会っていたら、僕らはどんな感じだったのかな?

ちゃんと仲良くなれたかな。

一緒に駄菓子屋行ったかな。

どっちから話しかけるだろう。

きっと英二だろうな。

そんなことを、ボーっと考えていた。

 

 

 

「不二不二!見て、川がある!」

突然叫んだ英二が指差すほうを見ると、林の奥に小さな川が流れていて、

太陽の光を反射して、水面がきらきらと光っている。

思わず自転車を止めて二人で駆け出した。

水の流れる心地よい音が響いて、水辺の木陰は涼しさを感じさせた。

 

とても都会とは思えない光景。

まるで別世界に迷い込んだみたいに。

 

岩場に腰掛け、制服のズボンを膝まで捲り上げて、水に浸かった。

ひんやりと気持ちの良い冷たさがつま先から伝わる。

駄菓子屋で買ったラムネのビンは、あっという間に汗をかいて雫をこぼした。


カラン


透明感のあるビー玉の音が、響く。

炭酸のしゅわしゅわとした感覚が喉を通り過ぎると、少しだけ暑さを忘れた。

 

 

ばしゃん

 

 

突然、英二が周助めがけて足で水を蹴り上げた。

とたんにシャツはびしょ濡れで、前髪からは数滴の雫が落ちた。

「ちょっ・・・英二!いきなり何するのさ冷たいじゃない!!」

「だって暑いじゃん!ちょっとぐらい濡れてもすぐ乾くって!」

言いながら更に豪快に水をかける。

「わっ・・ぷ・・・もう、英二!!」

笑いながら、周助も手で水を弾く。

いつの間にか、夢中で水のかけっこをしていた。

 

 

「あははは!・・・わぁ!!」

一際大きく水を蹴り上げた瞬間、

ザバンと音を立てて、英二が尻餅をついた。

一瞬二人で目を合わせて、それから大笑いした。

もう、二人ともずぶ濡れだった。

 


何もかも


楽しくて

 

 

ただ、笑った。

 

 

 

「英二、見て見て、魚がいる。」

服を乾かしながら、周助が指差す。

「ホントだ。うっわ、ちっちゃ。食べるとこなさそう。」

駄菓子を頬張りながら指差された方向を見て英二が答える。

「英二・・・食べることばっかり。」

「んーにゃ。不二のことも考えてるよん。」

そう言って周助の耳朶をぺろりと舐めて、頬にキスをした。

周助は少し驚いた顔をして、そして照れたようにそっぽを向いた。

 

とても、穏やかな時間。

聞こえるのは、水の流れる音と、蝉の鳴き声だけで。

「何か、いいねぇ、こういうの・・・。暑さも時間も全部忘れちゃう。」

「うん、涼しいし、気持ちいいし!サボって正解っしょ?」

そう言って、太陽みたいな笑顔で英二が、周助の顔を覗き込むと、

周助もまた、柔らかく微笑んで

「たまには、ね。」

と答えた。

 

 

「さって、そろそろ行こっか。」

「え?」

「まだ今日の目的地には到着してないよ。」

そう言って周助の手を引いた。

 

 

二人を乗せた自転車はまた走り出す。

服はまだ乾いていなかったけれど、相変わらずの気温の中では涼しいくらいだった。

そして小さな木造の橋が架かっている手前で、再び自転車は止まる。

「こっからちょっと歩くんだけど、不二、俺がいいって言うまで目ぇつぶってて。」

「え?何で・・・」

「いいから、いいから。」

周助の質問も遮って、英二は目をつぶるよう催促する。

 

 

仕方なく、言われるままに目を閉じ、英二に手を引かれ一歩ずつ歩き出す。

草と土の感覚に足元を取られながらの歩行は何だか不安で、

英二の手をぎゅっと握り締めて歩いた。

多分、そんなに大した距離ではなかったと思うけど、何だかとても長く感じられた。

そして、肌がかすかに太陽の光を感じた瞬間、風に乗って鼻をかすめる甘い香り。

ざわざわと草が擦れ合うような音。

 

 

「おっけ!目ぇ開けていいよ!」

 


言われて

そっと、目を開けると、そこには・・・

 

 

 

 

 

 

 

一面、咲き乱れる黄金色の花が、太陽の光をいっぱいに浴びて、輝いていた。

花びらの一つ一つが風にそよいで揺れ、そのたびに心地よい風が頬を掠った。


「すごい・・・。綺麗・・・。」

「いつか・・・ホントに好きな人ができた時に一緒に来ようと思ってたんだ。
大石にも教えてない俺のとっておきの場所。」

 

そう言って英二は、太陽みたいに笑った。

 

目の前に広がる見たことも無い光景に圧倒され、

瞬きも忘れて、ただ見入っていた。

遠くから風が吹いて、ザァっという音と共にまるで波打つように花が揺れた瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つないだ手

 

 


そして

 

 


重なる唇。

 

 

ほんの一瞬の、柔らかな感触。

英二の体温が、指先から、唇から、伝わってきた。

 

 

 

何だか胸がいっぱいになって

頭がボーっとして

何も考えられなかったけれど

 

 

英二の言葉が、ただ、嬉しくて。

何度も、何度も

頭の中で繰り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何気ない日常の中で突然君がくれた一瞬

きっと、一生、忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


そして

 

 

 

 

君と、この先もずっと・・・

 

 

 

 


そう願った

 

 

 

 

 

中学最後の

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


夏の日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

END


後書き-----------------------------------------------------------------------------------------
ただ、駄菓子屋と、川と、自転車二人乗り(当然不二はお姫様乗り)が書きたかっただけ。
違うんです、何で今更夏の話なんだコノヤローと思われるでしょうが、これを書いたのは夏です。
そのころサイトが出来てなかったんで行き場をなくしていたんです。
珍しく暑い北海道の夏だったので、私の脳みそは9割溶けていました。
そんな感じです。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送